平凡な日常の非凡な輝き―谷根千の27年―

定禅寺通りにけやきの落ち葉が舞う晩秋の11月28日、せんだいメディアテーク6階のギャラリーで、作家の森まゆみさんと読書をめぐるお話をさせていただきました。
9月に出版された「明るい原田病日記」(亜紀書房)によると、森さんは、2007年4月に100万人に3~5人しかいないという原田病(なんらかのウィルスにより、メラニンが変質し、自己免疫がメラニンを攻撃し始めることによる眼を中心とした免疫不全疾患。メラニン色素の減少によりまぶしさがつのったり、もの形がゆがんでみえたりするほか、頭痛、めまいなど多方面にわたる不具合が生じるとのこと)を突然発症されたとのこと。 治療により、一定程度回復はされたものの、長時間の読書は難しく、また疲れやすい、物忘れが多くなったなどの日常の不自由さも多々あると記しておいでなので、大丈夫だろうかと恐る恐る「具合はいかがですか?」とおたずねしたところ、「おかしなところは、数え上げればきりがないけれど、根本的な治療法はないということなので、騙し騙し、共存していかなくてはと思ってやっているの」とほんわかした昔ながらの口調でおっしゃったので、「あっ、森さんはちっとも変わっていないなぁ」とちょっと安心したのでした。
森まゆみさんを中心とした若い女性たち3人組が発行する地域の小冊子「谷中・根津・千駄木」を私に教えてくれたのは、長年、東北の地域おこしや地元学の振興に力を注いでいる結城登美雄さんでした。もう、20数年前のことです。当時、結城さんは、まだ、広告代理店を経営しておられ、市の広報課で作成していた「グラフ仙台」の編集などを通して、いろいろと地域を見る眼といったことについて教えていただいていたのでした。「いやぁ、あの谷根千ね、あれはすごいよ」と言った時の、結城さんのにこにことうれしそうな顔が今でも瞼に浮かぶようです。
その後、全国のさまざまな地域で、タウン誌が発行されましたが、「谷中・根津・千駄木」を超えるものは、ついに現れなかったと言ってもいいのではないかと思います。その理由は、いろいろ考えられるでしょうが、一つには、足元の地域の歴史を掘り起こそうという時の森さんの視野の深さと広さが、比類のないものだったからと、私は勝手に思っています。幕末を駆け抜け、上野の森に散った彰義隊にテーマを求めた「彰義隊異聞」などにも、その片鱗がうかがわれると思います。
明治から昭和にかけて先駆的な活躍をした女性たちを取材したいくつかの著書や、森鴎外、樋口一葉、林芙美子など文学者に題材をとったものなど、森さんは、作家として幅広い活躍をしておられますが、私が一番好きなのは、無名の一市民の生涯と仕事を追った聞き書きの作品です。『自主独立農民という仕事 佐藤忠吉と「木次乳業を」めぐる人々』や『森の人 四手井綱英の九十年』がそれにあたります。四手井先生は、高名な学者で、必ずしも無名の市民というわけではないですが、マスコミに頻繁に登場するというタイプの方ではありません。
世間的な名声を求めず、自らの信念に忠実に、地の塩とでもいうべき仕事を一歩一歩なしとげていく、そんな地道な仕事の中にこそ、人の生きる道があり、生まれてきた甲斐もある。森さんは、著書を通して、そんなことを伝えてくれているように思います。
仙台にも、そうした方々が多くいらっしゃるはずであり、そうした方々の思いをしっかりと受け止めながら、この街のまちづくりに取り組んで行きたいと改めて肝に銘じた1日でありました。
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