皆さんと力を合わせ、仙台は必ず復興します
東北地方太平洋沖地震の発生から20日が経とうとしています。
皆さんは、ご無事でしたでしょうか。
今回の震災では、たくさんの方が被害に遭われました。被災された皆さんには心からお見舞い申し上げます。また、お亡くなりになった、あるいは安否の分からない方も多く、ご家族のご心痛はいかばかりかと思います。
災害後、数度にわたり、被災地に入りましたが、東部沿岸地区、とくに中野、蒲生、荒浜、藤塚、井土の被害の惨状は、表現のしようがありません。ここに家があった、水田があった、何より人々の暮らしがあった――それらがすべて瓦礫と化し、泥にまみれ、沈んでいる。「津波」という言葉を知ってはいても、その言葉と眼前の光景とを一致させることができず、息苦しさでいたたまれなくなりました。
また、注目の度合いは低いものの、西部丘陵地での宅地被害も日を追うごとに深刻になってきています。緑ヶ丘4丁目の一部地域89世帯には、地すべりの危険があるとして、3月28日に避難勧告をしました。折立、高野原などでも、宅地内での地割れや崩壊が起きています。このような災害に対して、何らかの公的支援を考えられないか、至急の検討を担当部局に指示しているところです。
仙台市の各種インフラ類のダメージも甚大です。水道は3月でほぼ復旧しましたが、ガスについては、津波でガス局港工場の主要な製造部分が大破してしまいました。新潟からのパイプラインを活用することで復旧の目処を立てることができましたが、それでも復旧には1カ月以上を要します。全国ガス協会からの応援作業員約2,700名も加わって、総勢3,200名体制で(3月末現在)、全力で復旧に当たっていますので、もう少しご辛抱をお願いしたいと思います。
地下鉄や松森工場(ごみ焼却工場)、各地で起こっている道路被害は、早急な復旧に向けて取り組んでいますが、まだまだ綱渡りが続きます。さらに、仙台市の下水の約7割を処理する南蒲生浄化センターは、復旧には相当長期間を要することになります。しばらくの間は、下水に流れる水を少なくするよう、ご協力をお願いするしかありません。
発災後は、「まさか」という事態が次々起こり、復旧の重い足枷となりました。とくに通信網の混乱は、スピードを要する初動段階では致命的で、市役所と区役所の間の内線電話すら通じない状態がしばらく続いたのです。信じられないかもしれませんが、「若林区役所に電話をして、10回に1回はつながる」状態にまで回復したのは、震災後1週間を経過したころからでした。
燃料の調達も極めて困難な状況が続きました。非常用電源のための重油がない、復旧作業車のガソリンがない、避難所の灯油がない、それなのに補給のめども立たない。国への直訴や業界卸売りとの直接交渉はもちろんのこと、業務上のつながりや個人の伝手まで頼って、ぎりぎりのところをどうにか乗り切ったというのが実態です。
そのような中、政令指定都市を中心に、素早い、しかも組織だった支援体制が組まれたことは、災害に呆然とする仙台市民にとってどれほど心強く感じられたかしれません。また、神戸市の子どもたちから寄せられた応援メッセージ、札幌市の中学生が作ってくれた応援横断幕など、全国から寄せられる「一緒に災害を乗り越えよう」という数々のメッセージは、私たちの背中をぐんと押して、元気が沸いてきました。「決してあなたがたは一人ではない」と支援してくれる仲間がいる限り、どんな困難にも立ち向かっていけるような気がするのです
当初10万人を超えた避難者でしたが、今も避難所で生活を続けている方は約3,800名(3月末)となりました。ご自宅を失くされた方など、より生活の再建が困難かつ長期化する方々が多いと推測しています。避難所では避難所運営委員会が立ち上がり、被災者の皆さんの共助により統制の取れた運営が図られています。仙台のまちに根付く人と人との支え合いが、しっかりと発揮されているのです。これから復興への困難の道を進むうえで、この絆こそは多くの力を一つに束ねる接着剤になると期待しています。
発災から今までは、緊急対応がメーンテーマでしたが、これからは、被災者お一人お一人の生活再建、西部丘陵地域の安全確保、東部沿岸地域の再生、さらには新生・仙台のまちづくりへと展開させていくことが必要になっています。
実は、震災後、「知事はテレビに映るのに、市長が出てこないのは何故か」「市長は病気でもしているのか」というお声が仙台市役所に寄せられました。テレビに映らないのは、働かないで遊んでいるからに違いないと言い出す方もいて、フル回転で震災対応をしている職員を気落ちさせています。
これは皆さんが、それほどまでに私・奥山の顔を見たいわけではなく、報道を通じて仙台市の震災対応の様子や進捗状況を見聞きし、これなら大丈夫という安心感や、もう少し我慢かなという心積もりを得たい、とお考えになってのことと思います。ただし、今回の災害状況を考えると、被災地域が極めて広範囲にわたったうえ、福島県での原子力発電所事故が重なり、普段であれば注目されるはずの仙台市の動向が、ニュースの緊急性として低くなってしまったという事情は考えられます。
テレビでは仙台市の動きを(残念ながら)あまり取り上げてはくれませんが、対策はどこにも負けないスピードで、確実に進めていることを、自信を持ってご報告しておきます。4月1日、「震災復興の基本方針」を発表し、被災者の生活再建と、災害に耐えうる環境先進・防災都市づくりを目指す決意を表明しました。復興に密接にかかわる部局の職員に対して「震災復興担当」の発令をし、本格的に復興・再生を進める体制整備にも着手しています。阪神・淡路大震災を上回る規模の震災に遭って、仙台市職員一丸となって前へと進む決意です。
今は泥に埋もれてしまった東部の水田地帯が、再び風にそよぐ稲穂の波で覆われる。必ずやその日が来ることを強く願い、復興に携わるすべての皆さんと心を一つにして進めば、この未曾有の試練は乗り越えられる。そう確信しています。
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